未到
金地院崇伝
こんちいんすうでん
konchiin suden
略歴
江戸時代前期の臨済宗の僧で、徳川家康の側近を務めた政僧。南禅寺金地院に住したことから金地院崇伝と呼ばれる。深い学識と文才を買われて家康の外交・宗教政策の実務を一手に担い、寺社の統制や外交文書の起草にあたった。豊臣家滅亡の口実となった方広寺鐘銘事件では、「国家安康」の銘に難癖をつける論理を組み立てたとされ、武家諸法度や禁中並公家諸法度の起草にも深く関与した。幕府の法制と統制の骨格を築いた辣腕から「黒衣の宰相」と呼ばれ、その冷徹さは畏怖された。
未到