未到
阿部正弘
あべまさひろ
abe masahiro
略歴
幕末の備後福山藩主で、若くして老中首座に上りつめた幕政の中心人物。1853年にペリーが黒船を率いて浦賀に来航するという未曾有の事態に直面し、幕府の最高責任者としてその対応を主導した。従来の慣例を破って朝廷に事態を報告し、諸大名から広く意見を募るという開かれた手法をとり、翌年には日米和親条約を結んで長きにわたる鎖国に幕を引いた。同時に、身分にとらわれず勝海舟ら有能な人材を登用し、海防の強化や洋学の振興を図る安政の改革を進めた。開国という難局を協調によって乗り切ろうとしたが、志半ばの1857年、三十代の若さで急逝した。
未到