未到
新井白石
あらいはくせき
arai hakuseki
略歴
朱子学の学識をもって幕政の中枢に立った学者政治家で、独学に近い刻苦勉励の末に大成した知の巨人。木下順庵に学び、その推挙で甲府藩主徳川綱豊(のちの6代将軍家宣)の侍講となり、家宣が将軍となると側用人間部詮房と結んで幕政を主導した。貨幣の質を元に戻す改鋳や長崎貿易の制限、朝鮮通信使の待遇改革などを進め、この一連の文治政治は年号にちなんで正徳の治と呼ばれる。日本史を武家政権の推移として大観した『読史余論』、屋久島に潜入した宣教師シドッチを尋問して得た知見をまとめた『西洋紀聞』『采覧異言』など、歴史・地理・語学に及ぶ膨大な著述を残し、合理的で実証的な精神は近世学問の一つの頂点とされる。家宣・家継の二代に権をふるったが、8代吉宗の登場とともに政界を退き、著述に余生を送った。
未到