江戸時代後期から幕末の儒学者・外交官で、幕府の学問を統べた林家に生まれ、林述斎の子として大学頭を継いだ。1853年のペリー来航に際しては応接掛の中心となり、翌年の日米和親条約の締結交渉で幕府側の首席として折衝にあたった。武力を背景に開国を迫るアメリカ側と粘り強く渡り合い、この歴史的な条約をまとめ上げた。外交記録『通信全覧』の編纂にも関わり、儒者の教養を実際の外交の場で発揮した幕末の要人である。