肥後熊本藩の第3代藩主。長きにわたって藩主の座にあり、藩政の安定に努めた。元禄の赤穂事件の後、討ち入りを果たした赤穂浪士のうち大石内蔵助ら十七名を預かり、罪人としてではなく義士として丁重にもてなしたことで名を残す。手厚い処遇は人々の共感を呼び、細川家の名を高めた逸話として語り継がれている。