未到
堀田正睦
ほったまさよし
hotta masayoshi
略歴
幕末の下総佐倉藩主で、老中首座を務めた幕府の重臣。藩政では蘭学を積極的に奨励し、佐倉を蘭学の一大拠点に育てた開明派として知られる。老中として日米修好通商条約の締結を進めるにあたり、条約に権威を持たせるため朝廷の勅許を得ようと自ら上洛した。しかし攘夷を望む孝明天皇や公家の反対に遭って勅許を得られず、失意のうちに江戸へ帰った。まもなく大老に就いた井伊直弼が独断で条約に調印し、堀田は政局から排除されて失脚。開国への現実的な道を探りながら時勢に阻まれた政治家であった。
未到