名奉行として名高い板倉勝重の子で、父の跡を継いで京都所司代を三十余年もの長きにわたって務めた。朝廷や公家との折衝にあたり、幕府と禁裏との微妙な関係を安定させることに尽力した。父譲りの公正な裁きで知られ、訴訟の際には障子を隔てて相手の顔を見ず、心を静めるために茶臼を挽きながら耳を傾けたという逸話が伝わり、二代続いての名所司代とうたわれた。