未到
荷田春満
かだのあずままろ
kada no azumamaro
略歴
江戸中期の国学者・神職で、荷田春満・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤と並び称される国学四大人の一人に数えられる。京都伏見稲荷の神官の家に生まれ、みずからも神職を務めながら、記紀や『万葉集』など日本古来の古典を、儒仏の解釈に頼らず本来の姿で読み解こうとする学問を志した。古語と古典の研究を通じて日本固有の道を明らかにしようとし、その学統は門人の賀茂真淵へと受け継がれて国学の一大潮流を生んだ。国学のための学校設立を幕府に願ったとされる『創学校啓』が知られるが、その真偽をめぐっては後世に議論もある。国学草創期を担った先駆者として重んじられる。
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