江戸中期の医師で、日本の産科医学の祖と仰がれる。それまで確かな知見の乏しかった出産の医学を経験と観察から築き直し、胎児が母胎内で頭を下にしている頭位を初めて説いたと伝えられる。難産に対応する回生術を確立し、その説を『産論』にまとめて、以後の産科に大きな影響を与えた。その学統は賀川流産科として受け継がれ、日本独自の産科学の基礎を据えた人物として重んじられる。