未到
貝原益軒
かいばらえきけん
kaibara ekiken
略歴
江戸時代前期の儒学者・本草学者で、福岡藩黒田家に仕えた。若い頃は浪人として苦労し、京都で学問を修めて藩に復帰、以後生涯を学究に捧げた。朱子学を奉じつつも空論を嫌い、人々の日々の暮らしに役立つ実学を重んじたところに大きな特色がある。日本各地の動植物や鉱物を実地に調べて分類した『大和本草』は、日本独自の本草学の礎を築いた大著として名高い。晩年八十四歳で著した養生の書『養生訓』は、心身を整え節度をもって暮らすことの大切さを平易に説き、今日なお読み継がれている。ほかに子どもの教育を論じた『和俗童子訓』などを残し、儒学・医学・博物・教育と幅広い分野で膨大な著作をなした。学者としての明晰さと、庶民に向けたわかりやすさを併せ持った、江戸の実学を代表する人物である。
未到