未到
狩野芳崖
かのうほうがい
kano hogai
略歴
幕末から明治にかけて活躍した狩野派の絵師で、日本画近代化の先駆者。長門の長府藩御用絵師の家に生まれ、江戸で狩野派の正統を修めたが、時代の激動のなかで一時は困窮し、画筆で身を立てることも難しい不遇の時期を過ごした。転機となったのは、日本美術の価値を再発見しようとしていた米国人フェノロサとの出会いで、その眼にとまった芳崖は、伝統の狩野派の技法に西洋画の空間表現や色彩感覚を融合させ、新しい日本画の道を切り拓いた。岡倉天心らとともに東京美術学校の設立準備に加わったが、開校を目前にした1888年、代表作にして絶筆となった「悲母観音」を描き上げた直後に世を去った。慈愛に満ちた観音と天上に浮かぶ嬰児を描いたこの一図は、近代日本画の出発点を告げる記念碑とされ、「仁王捉鬼図」とともに彼の名を後世に伝えている。
未到