江戸時代前期の茶人にして大名で、大和小泉藩主。四代将軍徳川家綱の茶道指南役を務め、大名や武士にふさわしい格式ある茶の湯を追求して石州流を興した。千利休以来のわび茶の精神を受け継ぎつつ、武家社会の秩序と品位に沿った作法を体系づけ、武家茶道の中心的存在として広く受け入れられた。その流儀は諸大名の間に広まり、江戸期を通じて武家の茶の基準として大きな影響を残した。