未到
川路聖謨
かわじとしあきら
kawaji toshiakira
略歴
幕末の幕臣。低い身分から実力で登用され、勘定奉行や外国奉行など幕府の要職を歴任した有能な官僚である。開国前夜の1854年から翌年にかけて、下田でロシア使節プチャーチンと交渉にあたり、日露和親条約の締結を導いた。相手側の記録にもその誠実さと聡明さが好意的に記されるほどで、外交官としての力量は内外に知られた。学識豊かで筆まめでもあり、日記『長崎日記』『下田日記』を残している。しかし維新の激動には抗しきれず、江戸城が新政府に明け渡されたまさにその日、時勢を憂いてピストルで自刃し、幕臣としての生涯を閉じた。
未到