江戸後期の儒学者。朱子学者として名高い古賀精里の三男に生まれ、幕府の学問所である昌平坂学問所の儒官を務めた。伝統的な儒学を修めながらも視野は狭くなく、海防や洋学にも関心を寄せ、迫りくる対外的危機に備える必要を説いた。『侗庵初稿』などの著述を残し、幕末に向かう時代の学問を担った一人である。