江戸初期の絵師で、幕府御用絵師狩野探幽に学び、その高弟「探幽門四天王」の一人に数えられた。のちに狩野派を離れ、加賀の金沢に赴いて独自の画境を切り開いた。権威的な障壁画とは異なり、農耕にいそしむ庶民や涼をとる家族といった、日常の暮らしを温かなまなざしで描いた点に特色がある。国宝「納涼図屏風」は、夕涼みをする質素な家族の姿を余白豊かに描いた詩情あふれる名作として名高く、「四季耕作図屏風」なども残す。