信州伊那の女性勤王家。豪農の家に生まれ、平田派の国学を学んで尊王の志を抱いた。すでに老齢となってから単身京都に上り、女性という立場を活かして公家の屋敷などに出入りし、勤王の志士たちと交流してその活動を陰から援助した。情報の橋渡しや志士の庇護に尽力し、女ながらに幕末の政局に関わった気骨の人として、後に語り継がれている。