江戸時代初期に徳川家康の外交顧問・通訳として仕えたイングランド出身の航海士・水先案内人。オランダ船リーフデ号で豊後に漂着し、その航海術や砲術、海外事情の知識を家康に重んじられ、旗本に取り立てられて三浦半島に領地を与えられた。本名をウィリアム・アダムスといい、日本名を三浦按針と名のって、鎖国へ向かう時代の日本と西欧を結ぶ貴重な橋渡し役となった。生涯を日本で終えたと伝わる。