長州藩の第7代藩主で、藩財政を再建した中興の祖と称される。撫育局(撫育方)を設けて開墾や新田・塩田の開発などによる収益を別会計として蓄え、藩の財政基盤を強化した。この時に積み立てられた資金は、のちに幕末の長州藩が動乱の時代を戦い抜く際の財政的な支えになったともいわれる。