未到
中野竹子
なかのたけこ
nakano takeko
略歴
会津藩士の娘に生まれ、幼くして薙刀と学問に秀でた才媛。慶応四年の会津戦争に際し、母や妹、同志の女性たちとともに武装し、いわゆる娘子隊を率いて官軍に立ち向かった。柳橋付近の戦闘で薙刀をふるって奮戦したが、銃弾に倒れ、二十歳そこそこで戦死したと伝わる。敵の手に首を渡すまいと、その最期に自ら介錯を頼んだとも伝えられ、会津の女武者の気概を今に伝える存在として知られる。辞世とされる和歌も残り、悲劇の女丈夫として長く語り継がれている。
未到