江戸中期の本草学者・蘭学者で、幕府に仕えた。八代将軍徳川吉宗が実学を奨励して洋書輸入の禁を緩めるなか、その命を受けてオランダ語の書物に取り組み、青木昆陽とともに蘭学の草分けとなった。西洋の本草書を訳した『阿蘭陀本草和解』などを著し、まだ手がかりの乏しい時代に西洋の知識を日本にもたらそうとした。享保期の蘭学の先駆者として、後の本格的な蘭学興隆への道を開いた人物と評価される。