未到
大石内蔵助
おおいしくらのすけ
oishi kuranosuke
略歴
赤穂事件で四十七士を率いた赤穂藩の筆頭家老で、忠臣蔵の主人公として日本人に最も愛される武士の一人。主君浅野内匠頭が江戸城中で吉良上野介に刃傷に及び切腹・お家断絶となると、藩の後始末を冷静に処理して城を明け渡し、幕府への嘆願や浅野家再興の道を探った。しかしそれが絶たれると、討ち入りを決意。世を欺くため京の山科で遊興にふける放埒な日々を装い、敵の目をあざむいたと伝わる。元禄15年(1703年、旧暦では14年12月)の雪の夜、同志を率いて本所の吉良邸に討ち入り、みごと主君の仇を討った。義挙を遂げた四十七士は翌年切腹を命じられ、大石も従容として死についた。その忠義の物語は人形浄瑠璃・歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』に脚色され、時代を超えて語り継がれている。
未到