江戸時代後期から明治にかけての国学者・神道家で、石見津和野藩の出身。平田篤胤の系譜を引く平田派国学に学びながら、独自の「本教」すなわち津和野教学を唱えた。神道は諸宗教を包む根本の道であるとする立場から、後の神道非宗教論にもつながる思想を展開し、その門流は明治初期の神道政策や祭政一致の理念に影響を与えた。主著に『本学挙要』がある。