未到
田沼意次
たぬまおきつぐ
tanuma okitsugu
略歴
9代将軍徳川家治のもとで側用人から老中に上り、いわゆる「田沼時代」を築いた江戸中期の政治家。紀州藩の足軽出身の父を持つ低い家格から異例の出世を遂げ、幕政の実権を握った。従来の年貢増徴による財政再建に限界を見た田沼は、商業の力を積極的に取り込む重商主義的な政策を推し進め、株仲間を広く公認して運上金・冥加金を徴収し、長崎貿易の拡大や蝦夷地開発の調査、印旛沼・手賀沼の干拓事業などを手がけた。経済を活性化させる先進的な発想を持つ一方、賄賂や縁故がはびこったとして「賄賂政治」の代名詞のように批判も浴びた。天明の大飢饉や息子意知の刃傷死などの逆風のなか、後ろ盾の家治が没すると失脚し、領地を没収されて失意のうちに世を去った。近年は改革者としての先見性が再評価されている。
未到