江戸時代中期の国学者・歌人で、八代将軍徳川吉宗の次男。御三卿の一つ田安徳川家の祖となった。学問を愛し、国学者の賀茂真淵を家臣として招いて和歌や古典を修め、真淵の万葉研究を支えたことでも知られる。みずからも歌を詠み、その歌論や作は『天降言』などに伝わる。将軍家に生まれながら政治より学芸に心を寄せ、江戸中期の国学振興に少なからぬ役割を果たした。子の松平定信は後に寛政の改革を担った。