未到
徳川宗春
とくがわむねはる
tokugawa muneharu
略歴
尾張徳川家第7代藩主。8代将軍徳川吉宗が享保の改革で質素倹約を天下に強いるなか、あえて逆を行き、派手な衣装で城下を練り歩き芝居や遊興を奨励して名古屋を大いに賑わせた異色の藩主である。自らの政治方針を記した『温知政要』を著し、規制で人を縛るより経済を活気づけて民を潤すべきだと説いた。その積極策で名古屋は活況を呈したが、幕府の緊縮基調と真っ向から対立し、藩財政の悪化も重なって1739年に隠居・蟄居謹慎を命じられた。以後およそ二十余年を蟄居のうちに過ごし、死してのちも長く赦免されなかったと伝わる。吉宗の締めつけに抗った自由闊達な名君として、今も名古屋で語り継がれている。
未到