江戸北町奉行・南町奉行を歴任した幕末の名奉行。天保の改革が庶民に厳しい統制を強いるなか、町人の暮らしを思いやり、芝居小屋の取り潰しなど過酷な政策を和らげようと尽力したため、庶民から厚く慕われた。桜の彫物を背負い、みずから市中を探索して悪を裁いたという「遠山の金さん」の伝説は彼を元に生まれたもので、白洲で片肌を脱いで桜吹雪を見せる名裁きの物語として、講談や芝居を通じて今なお親しまれている。