未到
山鹿素行
やまがそこう
yamaga soko
略歴
江戸前期の儒学者・兵学者で、後世の日本思想に大きな足跡を残した人物。はじめ林羅山に朱子学を学んだが、やがてその抽象的な学風に飽き足らず、孔子・孟子の原典に直接立ち返ろうとする「古学」を提唱し、伊藤仁斎や荻生徂徠に先立つその祖とされる。武士のあるべき道を論じた士道論を説き、実用的な兵学として山鹿流兵法を確立した。しかし朱子学を公然と批判した著書『聖教要録』が幕府の忌諱にふれ、赤穂藩へ配流される。この赤穂での薫陶がのちの赤穂浪士たちに影響を与えたとも語られる。その学問と思想は、幕末の尊王思想にまで及ぶ広がりを持った。
未到