未到
山脇東洋
やまわきとうよう
yamawaki toyo
略歴
江戸時代中期の医師で、古医方派に立ちながら実証を重んじた人物。中国の古典医学の権威に頼るだけでなく、実際に人体を観察して確かめようとした点で先駆的であった。宝暦四年(1754)、京都で刑死者の遺体を用い、日本で初めて官許を得た人体解剖を行い、それまで書物で語られてきた内臓の姿が実際とは異なることを目の当たりにした。この観察の記録を宝暦九年(1759)に『蔵志』としてまとめ、日本の実証的な医学・解剖学の出発点となった。後に杉田玄白らが『解体新書』へと進む道を切り開いた存在として評価される。
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