仲哀天皇の皇后で、応神天皇の母と伝えられる伝説的な女性。『日本書紀』では、神託を受けて自ら軍を率い、身重の体で海を渡って新羅を降し百済・高句麗も従えたという「三韓征伐」の説話で名高い。帰還後に応神天皇を産み、長く摂政として国を治めたとされる。史実性は乏しく神話的色彩が濃いが、近代には対外膨張を正当化する文脈でしばしば称揚された。