6代将軍家宣・7代家継の二代に仕えた側用人。もとは猿楽師の出とも伝わる異色の経歴から身を起こし、将軍の信任を得て幕政の要に立った。学者の新井白石と緊密に協力し、生類憐みの令の廃止や貨幣改鋳など、正徳の治と呼ばれる文治政治を推進した。幼い家継を支えて権をふるったが、8代吉宗が将軍となると白石とともに政界の第一線を退いた。