未到
夕霧太夫
ゆうぎりだゆう
yuugiri dayuu
略歴
江戸前期、大坂新町の遊里で名を馳せた最高位の遊女、太夫である。京の島原にいたのち大坂新町の扇屋に移り、その美貌と教養、和歌や琴、茶の湯にまで通じた才で当代随一の名妓とうたわれた。多くの客に慕われながらも延宝六年(一六七八)に若くして病没し、その死は当時の人々に深い惜別の情を呼び起こした。愛宕山下の清凉寺に葬られ、後世の追善の法要は「夕霧忌」として続いた。その悲恋と生涯は近松門左衛門の浄瑠璃『夕霧阿波鳴渡』に描かれて劇化され、藤屋伊左衛門との情話は歌舞伎や上方の芸能に受け継がれて、夕霧は理想の傾城として伝説化していった。
未到