出雲を本拠とした戦国大名で、尼子氏中興の祖。守護代の家に生まれたが一度は追われ、月山富田城を奇略で奪い返して再起したと伝わる。以後、謀略と巧みな調略を駆使して勢力を広げ、山陰・山陽の十一カ国に及ぶ支配圏を築いて尼子氏の全盛期をもたらした。下剋上でのし上がった典型的な戦国大名として知られ、その老獪な手腕は毛利元就ら後の武将にも影響を与えたとされる。1541年に没した。