平安前期の天台宗の僧で、円仁の後を受けて入唐し、密教を学んで帰国した。荒廃していた園城寺(三井寺)を再興してその中興の祖となり、後にその門流は比叡山の山門派に対して寺門派と呼ばれた。智証大師と諡される。891年に没した。