平安初期の天台宗の僧で、最澄の弟子。師の志を継いで唐に渡り、長く各地をめぐって天台と密教を学び、多くの経典を持ち帰って比叡山の密教(台密)を大成した。その入唐求法の九年余りにわたる旅の見聞を克明に記した『入唐求法巡礼行記』は、当時の唐の社会や仏教弾圧の様子を生々しく伝える貴重な記録として名高い。後に天台座主となり、その門流は山門派と呼ばれた。慈覚大師と諡される。864年に没した。