奥州藤原氏の第二代当主で、初代清衡の子、三代秀衡の父にあたる。父の跡を継いで陸奥・出羽に広がる奥州藤原氏の勢力を保ち、平泉を中心とした独自の文化を発展させた。壮大な伽藍を誇る毛越寺を建立したことで知られ、京の文化を取り入れながらも東北の富を背景にした華やかな平泉文化を花開かせた。中央の争乱から距離を置き、金や馬を産する奥州の富を基盤に独立的な勢力を築いた。1157年に没した。