未到
藤原忠通
ふじわらのただみち
fujiwara no tadamichi
略歴
平安後期の公卿。関白藤原忠実の長男として生まれ、摂政・関白を務めた。父の愛を一身に集めた弟頼長と摂関家の主導権をめぐって激しく対立し、その確執が皇位継承の争いと結びついて保元の乱に至ると、忠通は後白河天皇方に付いて勝利を収め、敗れた頼長は落命した。政争を勝ち抜いた一方で、書と和歌にも秀でた文化人であり、法性寺流と呼ばれる書の一派を成すほどの名手として知られた。歌人としても優れ、「わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲居にまがふ沖つ白波」の一首が小倉百人一首に採られている。
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