未到
藤原時平
ふじわらのときひら
fujiwara no tokihira
略歴
藤原基経の長男で、若くして左大臣に昇った公卿。醍醐天皇のもとで、学者出身の右大臣菅原道真と並び立つ形で朝政を担ったが、両者の対立は深く、延喜元年(901年)、道真が謀反を企てているとの讒言によってこれを大宰府に左遷させた。政治面では律令の施行細則を集めた延喜格式の編纂に着手するなど手腕を示したが、三十九歳の若さで病没した。その早すぎる死や、時平の子孫が振るわなかったことは、道真の怨霊の祟りとして人々に恐れられ、天神信仰を高める一因となった。
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