未到
原敬
はら たかし
hara takashi
略歴
大正期の政治家で、日本で初めて本格的な政党内閣を組織した首相。爵位を持たず衆議院に議席を置いたことから「平民宰相」と呼ばれ、国民の期待を集めた。盛岡藩士の家に生まれ、外交官や新聞記者を経て政界に入り、立憲政友会を率いて党勢を伸ばした。1918年に首相となり、教育・産業・交通の充実と地方の発展を柱とする積極政策を推し進めた。一方で普通選挙の導入には慎重な姿勢を取った。1921年、東京駅で一青年に刺されて命を落とし、その突然の最期は政党政治の前途に暗い影を落とした。
未到