未到
梶原景時
かじわらかげとき
kajiwara kagetoki
略歴
平安末期から鎌倉初期の武将で、鎌倉幕府の御家人。もとは相模の武士で平氏方に属し、石橋山の戦いで敗れて隠れていた源頼朝を発見しながら、あえて見逃してその命を救ったと伝わる。以後は頼朝に仕えてその側近として重用され、軍奉行や侍所所司を務めて頼朝の信任を一身に集めた。教養と実務の才に富んだが、他の御家人の動向を頼朝に報告する讒言役ともみられ、源義経を頼朝に讒訴して不和を招いたともいわれる。頼朝の死後、その重用を妬まれていた景時は多くの御家人から弾劾を受けて鎌倉を追われ、上洛の途中に討たれて一族もろとも滅ぼされた。この梶原景時の変は、頼朝亡き後の御家人同士の権力抗争の口火となった事件として知られる。1200年に没した。
未到