未到
北条時政
ほうじょうときまさ
hojo tokimasa
略歴
平安末期から鎌倉初期の武将で、鎌倉幕府の初代執権。伊豆の在地豪族で、伊豆に流されていた源頼朝を監視する立場にあったが、娘の政子が頼朝と結ばれたことから頼朝の後見役となり、その挙兵を支えた。頼朝の死後は幕府内で権勢を強め、比企能員を謀殺して二代将軍頼家を退けるなど、御家人筆頭として政治の実権を握り執権の地位を確立した。しかし後妻牧の方とともに将軍実朝を廃して娘婿を将軍に立てようと図った牧氏事件により、娘の政子と子の義時によって失脚させられ、伊豆に追放された。晩年は失意のうちに過ごし、1215年に没した。北条氏による執権政治の礎を築いた一方、権謀のはてに実の子に追われたその生涯は、権力者の栄枯を象徴するものとして語られる。
未到