室町後期から戦国期の絵師で、狩野派の二代目。初代狩野正信の子として生まれ、中国由来の水墨画(漢画)の力強い筆致に、やまと絵の華やかな彩色や装飾性を取り入れて融合させ、後の狩野派の基本様式を確立した。大徳寺塔頭大仙院の障壁画や「四季花鳥図」などにその画風がうかがえる。幕府や寺社、有力者の需要にこたえて大規模な工房を組織し、以後およそ四百年続く画壇の名門・狩野派の礎を築いた。1559年に没した。