未到
源義朝
みなもとのよしとも
minamoto no yoshitomo
略歴
河内源氏の棟梁として東国に勢力を張った武将で、源頼朝・義経らの父にあたる。若くして坂東に下って武士団を束ね、その武力を背景に中央政界へ進出した。保元の乱では後白河天皇方に加わって勝利を収め、恩賞を得て地位を高めたが、続く平治の乱で藤原信頼と結んで挙兵したものの、平清盛の巧みな反撃の前に敗れ去った。都を落ちて東国へ逃れる途中、尾張国で味方と頼った者に裏切られ、湯殿で不意を襲われて討たれたと伝わる。その死により源氏は一時没落し、幼い頼朝は伊豆へ流されるが、二十余年ののち平氏打倒の兵を挙げて父の無念を晴らすことになる。源平争乱の火種を残した武人である。
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