未到
護良親王
もりよししんのう
moriyoshi shinno
略歴
後醍醐天皇の皇子で、倒幕運動に身を投じた武の宮。天台座主となっていたが還俗して令旨を発し、各地の武士に挙兵を促して鎌倉幕府打倒の一翼を担った。幕府滅亡後は征夷大将軍に任じられたが、武力による政治を志向する護良は、同じく武家の棟梁を目指す足利尊氏と鋭く対立する。やがて謀反の疑いをかけられて捕らえられ、鎌倉に幽閉された末、中先代の乱の混乱に乗じて足利直義の命により殺害されたと伝わる。1335年、二十八歳の若さであった。
未到