大正から昭和初期の詩人・翻訳家で、わずか三十歳で世を去りながら日本近代詩に鮮烈な足跡を残した。山口県に生まれ、放縦な生活のなかでランボーやヴェルレーヌに傾倒し、その翻訳にも力を注いだ。生前に刊行された唯一の詩集『山羊の歌』と、没後に出た『在りし日の歌』は、透明な哀しみと音楽的な調べをたたえ、「汚れつちまつた悲しみに」などの詩句で今も広く愛誦される。幼い長男を亡くした痛手も重なり、1937年に病で夭折した。