南北朝期の朝廷を支えた摂政関白であり、和歌・連歌・有職故実に通じた当代随一の文化人。動乱で衰退した公家社会にあって長く朝廷の重鎮として権威を保つ一方、それまで和歌に一段低く見られていた連歌を体系づけ、最初の准勅撰連歌集『菟玖波集』を編纂して連歌を和歌と対等の地位へと引き上げた。連歌の規則を定めた『応安新式』の制定にも関わり、後世の連歌隆盛の基礎を築いた大成者である。