第54代天皇で、嵯峨天皇の皇子。その治世末期の842年に起きた承和の変では、皇太子恒貞親王が廃され、藤原良房の権勢が強まる契機となった。この政変を経て、藤原北家が天皇の外戚として政治の実権を握る流れが加速し、後の摂関政治への道が開かれていった。850年に没した。