未到
太田道灌
おおたどうかん
ota dokan
略歴
室町時代の武将にして歌人・築城家で、関東に覇を競った扇谷上杉家の家宰。優れた兵略と築城の才で主家を支え、江戸城や河越城を築いたことで名高い。とりわけ江戸城の築城は、後の大都市江戸の礎を古く遡らせる事績として語られる。武辺のみならず和歌にも通じ、雨宿りを乞うた家に少女が山吹の一枝を差し出した意を後に悟り、己の無学を恥じて歌道に励んだという「山吹の里」の逸話が伝わる。その名声はやがて主君の猜疑を招き、1486年、主家である上杉定正のもとで謀殺された。「当方滅亡」と言い残したと伝わるその最期は、有能ゆえに疎まれた悲劇の名将として今も惜しまれている。
未到