未到
西行
さいぎょう
saigyo
略歴
北面の武士として鳥羽院に仕える身でありながら、二十代で世を捨てて出家した、平安末期を代表する漂泊の歌人。俗名を佐藤義清といい、武門の名門に生まれ将来を約束された立場を惜しげもなく投げ打った出家は、当時の人々を驚かせた。以後は一所に定まらず諸国を行脚し、桜と月をこよなく愛して自然と人の世の無常を詠み続けた。その歌は技巧を超えた率直な心の吐露に満ち、家集『山家集』に多くが収められ、『新古今和歌集』にも最多級に採られている。「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」と詠んだとおり、桜の盛りの頃に入寂したと伝わり、その死は後世の人々の胸を打った。生涯を旅と歌に捧げた清貧の姿は、のちの芭蕉をはじめ数多くの文人に慕われ、隠遁と数寄の理想像として長く仰がれている。
未到