未到
平清盛
たいらのきよもり
taira no kiyomori
略歴
平安末期に武士として初めて権力の頂点を極め、日本史上初の武家政権を築いた人物。伊勢平氏の棟梁として保元の乱・平治の乱を勝ち抜き、政敵を退けて後白河院政のもとで急速に台頭した。やがて武士でありながら太政大臣にまで昇りつめ、娘の徳子を高倉天皇の中宮に入れて外戚となり、生まれた安徳天皇を擁して「平氏にあらずんば人にあらず」とまで謳われる一門の栄華を築いた。摂津の大輪田泊を修築して日宋貿易を積極的に進め、宋銭の流入や交易の利をもって国内経済に大きな影響を与えた点は、単なる武人にとどまらぬ先見性を示す。厚く信仰した安芸の厳島神社には壮麗な社殿を寄進し、豪華な『平家納経』を奉納した。しかし専横をきわめた晩年は反発を招き、後白河法皇を幽閉するなど強引な政治で敵を増やし、各地に反平氏の兵が挙がるなか、熱病に苦しみ悶えながら没したと『平家物語』は語り伝えている。
未到