未到
平重衡
たいらのしげひら
taira no shigehira
略歴
平清盛の五男で、平家一門の中でも将としての器量を評価された武将。治承四年(1180)、反平家の動きを見せた南都(奈良)の寺院勢力を鎮めるため軍を率い、その戦火のなかで東大寺・興福寺が炎上、大仏をはじめ多くの伽藍が灰燼に帰した。この南都焼討は仏敵の所業として世の指弾を浴び、彼の生涯に暗い影を落とすことになる。一の谷の戦いで捕虜となって鎌倉へ送られ、頼朝からは丁重に扱われたとも伝わるが、寺を焼かれた南都の強い要求により身柄を引き渡され、元暦二年(1185)、奈良近くの木津川のほとりで斬首された。武勇の将でありながら焼討の因果に苦しんだその生涯は、『平家物語』でも哀感をこめて語られている。
未到